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技術情報

No.15(2010.2)

ソフト水熱プロセスによるエンドトキシンの不活化と新しい滅菌法の開発

宮本徹氏写真

東北大学大学院医学系研究科附属動物実験施設
非常勤講師
宮本徹
Toru Miyamoto, Ph.D.

1.序論

エンドトキシン (LPS, Lipopolysaccharides: 内毒素)は強い耐熱性を有し、その不活性化には過酷な条件下での加熱処理(Dry-heat, 250 ℃、30 min)が必要である。乾熱法は確実に脱パイロジェン処理を行うことが可能であるが、この処理法では金属やガラス製等の耐熱性容器・器具類にしか適用できない。著者らは、温度、圧力、および蒸気飽和度を変えることにより多彩な反応系を制御できる水熱プロセスの研究により、エンドトキシンの不活性化ができる可能性を示唆した。医薬品GMPおよび治験薬GMPにより、無菌製剤において製品や製造環境についてエンドトキシン管理に高い技術と信頼性が要求されている。そこで、本研究の目的は、ソフト水熱プロセスによる新たな高圧水蒸気滅菌処理のメカニズムを明らかにし、器具や溶液中のエンドトキシンの不活性化できる新しい滅菌法を開発することにある。

†: 蒸気飽和度は、以下の計算式により算出される値である。
    蒸気飽和度(%) = {蒸気密度 (kg/m3) / 飽和水蒸気密度 (kg/m3)} × 100

2.実験材料と方法

実験手順をFig. 1に示す。

  • Fig.1実験手順

(1)実験材料
米薬局方標準エンドトキシン(USP RSE Escherichia coli O113:H10)、エンドスペシー(R) ES-24Sセット、エンドトキシン標準品 CSE-Lセット、EG Reader SV-12 (生化学バイオビジネス株式会社)、エンドトキシンフリー水(大塚蒸留水:大塚製薬株式会社、以下蒸留水)
(2)USP RSE 10 μl をスクリューキャップ付のバイアル(5 ml)に滴下し、安全キャビネット内で24時間自然乾燥させた後に蒸留水を滴下しバイアル内を所定の蒸気飽和度として、所定条件の水熱処理を行った。水熱処理後のエンドトキシンは 分析範囲になるように蒸留水で希釈し、よく攪拌した後に、溶解用緩衝液で溶解したES-24Sに添加し、攪拌後、EG Reader SV-12で定量化した。水熱処理条件は、下記の通りである。
(a) 通常のオートクレーブ滅菌 121 ℃, 0.2 MPa, 20 min
(b) 乾熱滅菌 250 ℃, 30 min
(c) 乾燥水蒸気 (蒸気飽和度50 %)
(d) 飽和水蒸気 (蒸気飽和度100 %)
(e) 加圧熱水 (蒸気飽和度 1000 %)
(f) 流通式実証機 (蒸気飽和度 100 %)
(c)から(f)は、各120℃ (0.20 MPa), 130 ℃ (0.27 MPa), 140 ℃ (0.36 MPa) -30 min, 130 ℃ (0.27 MPa) -60 min, および130 ℃(0.27 MPa) -90 min。
なお、流通式/流通系(Flow system)とは閉鎖系(バッチ式)に対して、開放系の反応器内に反応媒体(水)が連続的に流入して反応し、系外に流出するものである。

3.結果と考察

*: 対数減量率LRV: Log Reduction Value
Reduction Value = (Challenge concentration of endotoxin) / (Concentration of endotoxin after hydrothermal processing)

  • Table.1 ソフト水熱プロセスによるエンドトキシンの不活化

エンドトキシン のリムルス活性は、高温高圧水蒸気 130℃, 60min ないし140℃, 30minの条件下の密閉系で蒸気飽和度を充分高くすることにより不活性化する(Fig. 2, 3, 4, 5)。これは、水の関与が重要なことを表している。また、同条件下の流通系では、更に効果的にエンドトキシンは不活性化する。さらに、エンドトキシンフリー水は、同条件下の高温高圧反応器で製造することが出来ることを示した。すなわち、エンドトキシン の不活性化の境界条件は、高蒸気飽和度下で 130 ℃, 60min ないし 140℃, 30min であり、ソフト水熱プロセスのもとで蒸気飽和度を制御することにより劇的に変化することを示した(Table 1)。これは、蒸気飽和度を充分高くすることにより、エンドトキシンの疎水性リピドAの解離分散とLPS糖鎖、リピドAの加水分解による不可逆的熱失活が起こっていることを明らかにした。ソフト水熱プロセスにより従来不活化処理が十分でなかったエンドトキシンを効果的に不活化することができる。このメカニズムによる流通式実証機により、130 ℃, 60min ないし 140 ℃, 30minでエンドトキシンを不可逆的に熱失活させ、既存のエンドトキシン吸着・ろ過フィルタ等を用いることなくエンドトキシンフリー水を容易に製造できることを実証した。また、反応媒体は、水のみであり環境に負荷をもたらす化学物質を一切使用しておらず、安全かつ簡便な不活化方法である。
本研究成果のソフト水熱プロセスによる新しい滅菌法は、プリオン等の異型蛋白質の不活化にも応用することが期待できる。

文献

  • Toru Miyamoto, Shinya Okano, Noriyuki Kasai, Irreversible thermoinactivation of ribonuclease-A by soft-hydrothermal processing, Biotechnology Progress, 2009; 25(6): 1678-1685.
  • Toru Miyamoto, Shinya Okano, Noriyuki Kasai, Inactivation of E. coli endotoxin by soft-hydrothermal processing, Applied and Environmental Microbiology, 2009; 75: 5058-5063.
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