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No.02(2006.5)

ディーゼル排気微粒子はエンドトキシンによる肺傷害を増悪する

高野裕久氏写真
独立行政法人 国立環境研究所
環境健康研究領域
領域長  高野裕久
Hirohisa Takano,M.D., Ph.D.

 自動車に由来する大気汚染の健康影響が、今なお危惧されています。自動車の排気ガスは、粒子状物質、窒素酸化物、硫黄酸化物、揮発性有機化学物質、金属、等、様々な物質を含みます。中でも、粒子状物質が呼吸器疾患や循環器疾患の有症率、有病率、死亡率と高い相関を示すことが疫学的に報告されています。粒子状物質の影響を受けやすい疾患として、気管支喘息とともに慢性気管支炎、肺炎等の感染症が挙げられています。しかし、これらの疾患と粒子状物質の因果関係とそのメカニズムは明らかにされていませんでした。

 われわれは、大都市における粒子状物質の多くの部分を占めるディーゼル排気微粒子(Diesel Exhaust Particles : DEP)が、グラム陰性菌のエンドトキシン(LPS)による肺傷害を顕著に増悪することを世界で初めて実験的に証明し、そのメカニズムを明らかにしました。

 DEPは、炭素成分を核とし、その内部や周囲に、鉄や銅などの金属成分、硝酸や硫酸等のイオン成分、そして芳香族炭化水素等の化学物質といった非常に多くの物質を含み、活性酸素を生成することも知られています。また、DEPは平均直径が0.2ミクロン未満と微小であり、容易に空中を浮遊し、呼吸により気道に進入し肺胞領域にまで到達するため、呼吸器系への傷害性がまず問題になります。

 これまでの実験的研究により、DEPが気管支喘息を増悪する可能性が示されていました。しかし、DEPが、感染症に及ぼす影響は明らかにされていなかったのです。そこで、DEPの吸入が、グラム陰性菌に由来するLPSによって引き起こされる肺傷害に及ぼす影響を、マウスのモデルを用いて検討しました。

具体的には、マウスを以下の4群に分けました。

  1. 1) vehicle経気道曝露群 (0.1ml/body)
  2. 2) LPS経気道曝露群 (100μg/body)
  3. 3) DEP経気道曝露群 (250μg/body)
  4. 4) DEP+LPS併用経気道曝露群 〔3)と4)の併用〕。


 組織学的には、LPSとDEPの各単独群に比較し、DEP+LPS併用群では非常に強い炎症による肺水腫と炎症細胞(好中球)の浸潤が観察され、肺胞出血も観察されました(図1)。肺水分量より評価した肺水腫の程度も、組織検査の結果を裏づけるものでした。これらの傷害と炎症性タンパクの肺における発現の相関を検討したところ、IL-1β, KC, MCP-1, MIP-1α等の好中球を活性化、あるいは、浸潤させる効果を持つサイトカイン、あるいは、ケモカインというタンパク質は、DEP単独群でわずかに上昇し、LPS単独群では有意に上昇していました。そして、併用群では更なる上昇が認められ、特にMIP-1αで相乗的な増加効果が観察されました(図2)。LPSの受容体であるToll-like receptor 4とToll-like receptor 2の発現も、併用群では他の群より有意に増強していました。特に、Toll-like receptor 4は、DEPの単独曝露によっても発現が増強され、DEPがLPSにして感受性の高い状態をもたらしうることも示唆されました。

 さらに、肺組織より細胞質と核のタンパクを分取し、炎症性タンパク質の遺伝子発現を促進する転写因子(NF kappa B)の活性化状況(細胞質から核の内部への移行)を検討しました。vehicle群に比較し、LPS単独群は、強いNF kappa Bの核内移行をもたらし、併用投与群では、さらに顕著な核内移行の増強が確認されました。

 以上より、DEPはLPSによる急性肺傷害を増悪することが明らかになりました。また、この増悪効果には、IL-1β、KC、MCP-1、MIP-1α等の炎症性タンパクの発現増強が中心的役割を果たしていると考えられました。また、炎症性タンパクの発現亢進の上流には、Toll-like receptorの発現亢進やNF kappa Bの活性化が重要であると考えられました。

 本実験結果は、大気中の粒子状物質が感染症に関連する肺傷害を増悪しうることを実験的に明らかにしたもので、感染症の患者さんが粒子状物質による大気汚染に対し感受性が高い(影響を受けやすい)というこれまでの疫学的知見に、実験的論拠を与えるものと考えられました。

図1
図1(クリックで拡大します)
図2
図2(クリックで拡大します)

文献

  1. Takano H, Yanagisawa R, Ichinose T, Sadakane K, Yoshino S, Yoshikawa T, Morita M: Diesel exhaust particles enhance lung injury related to bacterial endotoxin through expression of proinflammatory cytokines, chemokines, and ICAM-1. Am J Respir Crit Care Med 165: 1329-1335, 2002.