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No.07(2006.10)

(1→3)-β-グルカンと深在性真菌症

大林民典氏写真
東京都立駒込病院
臨床検査科部長
大林民典
Taminori Obayashi,M.D.

 (1→3)-β-グルカン(以下β-グルカンと略)はグルコースの1位と3位の水酸基がつぎつぎに結合し、少しずつ捩れながら、伸びたバネのように長く連なった多糖で、植物細胞壁の構成成分として自然界に大量に存在します。植物である真菌にも接合菌を除いてすべて存在します。しかし細菌には、ごく一部、例外的にβ-グルカンを合成分泌するものが知られていますが、一般に病原性細菌として扱われているものにはありません。また真菌、細菌以外の、たとえばウイルスとかリケッチャなどの病原微生物にもないことから、臨床的に感染症を扱う立場からすると、β-グルカンは真菌感染症のよいマーカーになります。このようなβ-グルカンを検出する方法が今から20年前、世界で初めて生化学工業東京研究所(今の中央研究所)の田中重則室長(当時)の研究室で誕生しました。現在、ファンギテックの商標名で市販されている試薬がそれです。上市されてからすでに10年以上経ち、いまや世界中で深在性真菌症の早期診断や治療効果の判定に役立っています。

 深在性真菌症というのは、おもに内臓が真菌、俗に言うカビによって侵される病気のことです。ちなみに表在性真菌症とは水虫に代表されるような皮膚表面に感染しているものを言います。われわれの身の回りにいるカビは一般に病原性が弱く、健康な人に重篤な病気を起こすことはありませんが、体を病原微生物の侵入から守る免疫の働き、いわゆる抵抗力が落ちると感染する危険性が高くなります。こういった状態を免疫不全といいますが、いまこのような状態にある患者さんが増えています。それは、人口の高齢化に伴い、がんにかかる人が増え、抗がん剤やステロイドなど免疫能を低下させるような薬剤が頻繁に使われるようになったことと関連しています。また医療の進歩によって、自己免疫疾患の治療や移植医療に際して直接免疫を抑制することを目的とする薬が使われるようになり、さらには後天性免疫不全症候群、いわゆるエイズのような新しい病気がでてきたことも関係しています。このような患者さんは感染を起こしやすく、熱を出しやすいのですが、ファンギテックが出来るまでは、とりあえず細菌に効く抗生物質をしばらく使ってみて、熱が下がらなければ深在性真菌症を疑って治療するというのがふつうのやり方でした。確信をもてないまま経験的に抗真菌薬を投与するほかなかったのです。しかし今では深在性真菌症を起こしそうな患者さんを治療するときには血中のβ-グルカンをモニターし、その上昇をいち早く捉えることによって迅速にカビによる感染を治療することが出来るようになりました。これは非常に大きな進歩です。今や日本だけでなく、欧米でも診断・治療ガイドラインにこの検査が取り上げられるまでになりました。

 そもそもこの検査法はエンドトキシンを検出するリムルステスト(Limulus Test)から派生したものです。北米大陸の東海岸に学名をLimulus polyphemusというカブトガニの1種が生息しています。種名のpolyphemusはギリシャ神話の海の神ポセイドンの子で、一つ目の怪物ポリュペーモスにその名の由来があるそうです。属名に使われているlimulusには「すこし斜視の」という訳がラテン語の辞書に載っていますが、どういう連想があるのかわかりません。その血液が極微量のエンドトキシンで凝固することからエンドトキシンの検出用試薬として使われるようになり、リムルステストと名付けられました。エンドトキシンとはおもにグラム陰性桿菌の細胞壁の最外層を形成するリポ多糖で、マクロファージを活性化し、さまざまなサイトカインの産生を誘導する働きを持った物質です。当時、敗血症によるショックの原因物質としてこのエンドトキシンが注目されていましたので、リムルステストが盛んに利用されました。ところがその後、極微量のβーグルカンでも凝固を起こすことが発見され、リムルステストのエンドトキシンに対する特異性は失われました。しかし幸いなことに、エンドトキシンに反応する凝固経路とβーグルカンに反応する凝固経路は上流で別れていたため、この二つの経路を分けることで、エンドトキシンに特異的な検査法と、βーグルカンに特異的な検査法を作りだすことができたのです。後者がファンギテックです。私たちはこの試薬の深在性真菌症に対する臨床的有用性を確かめるため多施設共同研究を行い、その成果を1995年にLancet誌に発表しました。

 さて、細菌や真菌感染による発熱が疑われる患者さんに対して、病原菌を突き止めるために一般に血液培養が行なわれます。菌が検出されれば、まずその菌を原因とみなして間違いないことから、最も確実で、信頼の置ける方法とされ、いわば絶対的な基準となっています。しかし、病原菌が見つかる確率はかなり低く、そのため培養以外のいろいろな方法が工夫されていますが、ファンギテックもそのような方法の一つです。最近あらためて、本法の深在性真菌症に対する感度を、解剖で深在性真菌症であったことが確認された患者さんについて血液培養と比べてみたところ、血液培養の陽性率は8%に過ぎなかったのに対し、ファンギテックは90%近い陽性率でした。血液培養は特異性の高い検査ではありますが、これだけに頼っているわけにはいきません。深在性真菌症は抵抗力の弱った患者さんにおきるだけに迅速な対応が求められるからです。こうして考えてみるとカブトガニは実に大きな恩恵をわたしたちに与えてくれたといえるのではないでしょうか。

文献

  1. Obayashi T, Tamura H, Tanaka S, et al. A new chromogenic endotoxin-specific assay using recombined limulus coagulation enzymes and its clinical applications. CCA 1985; 149: 55-65.
  2. Obayashi T, Yoshida M, Tamura H, et al. Determination of plasma (1→3) -β-D-glucan: a new diagnostic aid to deep mycosis. J Med Vet Mycol 1992; 30: 275-80.
  3. Obayashi T, Yoshida M, Mori T, et al. Plasma (1→3) -β-D-glucan measurement in diagnosis of invasive deep mycosis and fungal febrile episodes Lancet 1995; 345: 17-20.